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一度決まった婚姻費用を増額・減額できる2つのケース
夫婦間の協議や公正証書、家庭裁判所の調停・審判によって一度決定した婚姻費用であっても、後から金額を変更(増額・減額)できる場合があります。具体的には、①当事者双方の話し合いによる合意がある場合、または②合意できない場合でも、取り決め後に法的な「事情の変更」が認められる場合の2つのケースです。
民法760条は夫婦の資産や収入等に応じた婚姻費用の分担を定め、民法880条は協議や審判の後に「事情に変更を生じたとき」は家庭裁判所がその内容を変更できると規定しています。もっとも、一度成立した合意や審判の法的安定性も重視されるため、いかなる変化でも無条件に変更が認められるわけではありません。
そもそも婚姻費用がどのような性質を持つ費用であるかという全体像については、婚姻費用とはで体系的に解説しています。また、条文の正確な規定内容を確認したい場合は、以下の法令データベースもご参照ください。
婚姻費用の増減額が認められる4つの判断基準
当事者間の協議で婚姻費用の変更に合意できず、調停や審判で増減額の可否が争われる場合、家庭裁判所は民法880条の類推適用(または民法766条3項の準用)に基づき、法的な「事情の変更」があるか否かを審理します。実務上、変更が認められるためには、以下の4つの考慮要素を満たすことが判断基準とされています。
- 取り決めの前提となった客観的事情が変化したこと
- 取り決め当時にその変化を予測できなかったこと(予測可能性の不存在)
- 事情の変化について当事者に責任がないこと(帰責性の不存在)
- 従前の金額を維持することが著しく不公平であること(変更の必要性・相当性)
なお、裁判例においては、これら4つの要素を機械的・個別的に切り離して判定するというよりも、各要素を総合的に考慮したうえで、従前の決定額を変更すべきかどうかが判断される傾向にあります。

取り決めの前提となった客観的事情が変化したこと
1つ目の基準は、従前の合意や調停・審判の基礎とされていた客観的な事情(夫婦双方の収入、扶養家族の数、健康状態、住居関係など)に、事後的な変化が生じたことです。
したがって、前回の取り決め以前から既に存在し、当事者が認識していた事情については、原則として変更の理由にはなりません(ただし、当時には客観的に知り得なかった事情が後から判明した場合を除きます)。
取り決め当時にその変化を予測できなかったこと
2つ目の基準は「予測可能性」です。仮に客観的な事情の変化が生じていたとしても、前回の取り決めを行った時点で当然に予定されていた事情や、容易に予測できた事情が現実化したにすぎない場合は、当時の合意や審判の内容に織り込み済みであると評価されます。そのため、原則として増減額の理由とはなりません(もっとも、後述する子の年齢区分の上昇のように、事柄の性質上予測可能であっても、従前の算定においてあらかじめ織り込まれていない限り事情変更と認められるものもあります)。
具体例として、子どもの成長に伴う年齢の上昇が挙げられます。家庭裁判所が公開している現行の算定表では、子どもの年齢区分が「0〜14歳」と「15歳以上」に分かれており(なお、この年齢区分は算定表上の生活費指数の区分であり、個別の事案で子どもに扶養が必要とされる期間・終期そのものを意味するわけではありません)、15歳以上になると算定表上の金額は高くなります。子どもが成長して15歳に達すること自体は取り決め時に当然予測できますが、標準算定方式では15歳到達により子の生活費指数が上昇する(62から85へ増える)ため、養育費に関する裁判例(東京高裁令和3年3月5日決定)では、15歳に達しても増額しない旨の合意があるなどの特段の事情がない限り、原則として増額すべき事情変更に該当すると判断されています。婚姻費用においても同様の生活費指数の区分が用いられているため、予測可能であることの一事をもって排除されるのではなく、生活費指数の変化や従前の合意内容、特段の事情の有無を踏まえて判断されます。
一方で、合意当時に既に不祥事等を起こしており、勤務先から減給等の処分を受ける可能性を認識し得た状態で合意したようなケースでは、その後の減収は予測の範囲内であるとして減額が否定された裁判例があります。
事情の変化について当事者に責任がないこと
3つ目の基準は「帰責性(当事者の責任の有無)」です。収入の減少などの変化が、婚姻費用の支払いを免れる目的や、合理的な理由のない自己都合によって生じた場合には、信義則や公平の観点から変更が認められないか、あるいは変更幅が制限されます。
例えば、心身に問題がなく稼働能力(働いて収入を得る能力)があるにもかかわらず、正当な理由なく退職・転職して低収入に甘んじている場合や、自営業者・会社役員が意図的に売上を抑えたり自身の役員報酬を引き下げたりしたようなケースがこれに該当します。このような場合、家庭裁判所は現実の低い収入ではなく、本来働けば得られるはずの収入(潜在的稼働能力に基づく収入や減収前の収入)を前提として婚姻費用を算定することがあります。
従前の金額を維持することが著しく不公平であること
4つ目の基準は、変更の必要性・相当性(事情変更の重要性)です。一度決まった婚姻費用の変更を安易に認めると、受け取る側の生活設計が不安定になり、紛争が蒸し返されることになります。そのため、事情の変化が「従前の内容をそのまま維持させることが一方の当事者に著しく酷であり、客観的に当事者間の公平を害する」といえる程度に重大であることが求められます。
したがって、給与所得者における残業代や賞与のわずかな増減、自営業者における通常の事業サイクルの範囲内の売上変動などは、法的な事情変更とは認められません。実務上は、算定の基礎となる収入に相当程度(一応の目安として2割前後など)の継続的な変動があるかどうかや、夫婦双方の生活状況・資産状況の全体を比較検討したうえで判断されます。
婚姻費用の減額が問題となる主なケースと判断傾向
義務者(婚姻費用を支払う側)から減額を求める場面では、主に収入の変動や扶養家族の増加が争点となります。どのような条件であれば減額が認められ、どのような場合に否定されるのか、裁判例の傾向を踏まえて整理します。
義務者の収入減少・失業や権利者の収入増加
義務者が勤務先の倒産・リストラや自身の重篤な病気・怪我など、やむを得ない理由で大幅に減収・失業した場合や、権利者(受け取る側)が新たに就職・昇給して継続的な収入が大幅に増えた場合は、減額事由となり得ます。例えば、義務者の営業等所得がなくなり年金収入のみとなった事案において、収入状況に明らかな変更が生じ前件審判の内容が実情に適合しなくなったとして、月額11万円から7万円への減額を認めた裁判例があります(横浜家裁小田原支部令和4年12月2日審判、東京高決令和5年6月8日判タ1518号125頁)。
一方で、減収に合理的な理由がない場合や、減少幅が小さい場合には減額は認められにくくなります。実務上参考となる代表的な裁判例として、以下の2つが挙げられます。
| 裁判例 | 事案の概要 | 裁判所の判断と理由 |
|---|---|---|
| 大阪高裁平成22年3月3日決定家月62巻11号96頁 | 病院勤務の歯科医師である夫が、調停で月額6万円の婚姻費用に合意した後、勤務先を退職して大学の研究生となり収入が約3割減少したとして減額を求めた事案。 | 【減額を否定】仮に退職がやむを得なかったとしても、年齢・資格・経験等からみて従来と同程度の収入を得る稼働能力がある。大学の研究生として勤務しているのは、自らの意思で低い収入に甘んじていることとなり、その収入を生活保持義務である婚姻費用分担額算定のための収入とすることはできないと判断。 |
| 東京高裁平成26年11月26日決定判時報2269号16頁 | 審判で月額10万円と確定した後、夫の年収が約485万円から約424万円(約12.5%減)に減少したとして減額を求めた事案(原審は月額7万円へ減額)。 | 【原審取消・差戻し】夫の約12.5%の減収はそれほど大幅な減少とはいえない。また,前審判において相手方が抗告人に対して支払うべき婚姻費用分担金を月額10万円と定めた際、相手方の給与収入の減少がどの程度まで予測されていたのかなどの点も不明であるため、更に心理を尽くす必要があると判断。 |
このように、家庭裁判所は直近の源泉徴収票などの表面的な数値だけで判断するのではなく、「なぜ収入が減ったのか(稼働能力の有無)」「その減収は大幅かつ継続的なものか」「相手方の生活状況はどう変化しているか」を多角的に審査します。
再婚や養子縁組・実子の誕生による扶養家族の増加
婚姻費用は別居中の夫婦間で発生するものであるため、義務者自身が法律上の再婚をすることは通常ありません(重婚となるため)。ただし、内縁関係にある相手との間に子どもが生まれて認知した場合や、養子縁組をした場合、あるいは過去に離婚した前配偶者との間の子を引き取って扶養するようになった場合などには、義務者が扶養すべき家族の数が増加するため、婚姻費用の減額事由となり得ます。なお、離婚後の養育費の場面においても、義務者の再婚や再婚相手の連れ子との養子縁組、新たな実子の誕生は同様の枠組みで問題となります。
もっとも、前回の取り決めから極めて短期間(1年未満など)で再婚や養子縁組を行い、直ちに減額を申し立てたようなケースでは、判断が厳しくなる傾向があります。取り決め当時に既に交際しており扶養家族が増えることを予測できた、あるいはその予定を秘匿して合意した後に減額を求めることは信義則に反すると評価され、減額が否定または制限されることがあるためです。
これに対し、新たな実子が誕生(出生・認知)した場合は、養子縁組等と比較して事情変更として考慮されやすい傾向にあります。生まれた実子自身には何ら責任がなく、その子の健全な成長のために監護費用を確保する必要性が高いと判断されるためです。
婚姻費用の増額が問題となる主なケースと判断傾向
権利者(受け取る側)から婚姻費用の増額を求める場面においても、減額と同様に「当初の取り決め時には予測できなかった重大な変化が生じ、従前の金額のままでは著しく不公平となるか」が判断の軸となります。
権利者のやむを得ない減収や義務者の大幅な増収
権利者が病気や怪我、勤務先の経営悪化・解雇など、自己の責任ではない理由によって収入が大幅に減少した場合には、増額が認められる可能性があります。また、監護している子どもの病気や障害により看護・介護の必要が生じ、権利者がフルタイムでの就労を続けられなくなったようなケースも、やむを得ない減収として考慮されやすい事情です。
反対に、権利者に十分な稼働能力があるにもかかわらず、合理的な理由のない自己都合で退職・転職して収入が減った場合には、潜在的稼働能力が認められ、増額は否定されやすくなります。
一方、義務者の収入が昇進や転職、事業の成功などによって取り決め時よりも大幅に増加した場合も、夫婦は同程度の生活水準を保持すべきであるという「生活保持義務」の観点から、増額事由となり得ます。ただし、増収が一時的な賞与の増加にとどまる場合や、変動幅が軽微である場合には認められません。なお、義務者の増収により収入が算定表の上限(給与所得者で年収2,000万円、自営業者で所得1,567万円)を超えるに至った場合には、高額所得者の婚姻費用算定方法に関する特有の計算方式が議論となることがあります。
子の私立学校への進学や継続的で高額な医療費の発生
子どもの教育費や医療費の増加を理由とする増額請求も、実務上よく見られる争点です。基本的な前提として、家庭裁判所の算定表に基づく婚姻費用の算定方法においては、公立中学校・公立高校の学費や、日常的な通院にかかる医療費は、あらかじめ標準的な生活費の中に含まれているものとして計算されています。
そのため、一般的な風邪や歯科治療などの医療費、任意の学習塾や習い事の費用、あるいは前回の取り決め時点から既に予定されていた進学(既に入学していた私立学校の学費など)については、原則として増額の理由にはなりません。
教育費や医療費の増加によって婚姻費用の増額(または特別費用としての加算)が認められやすいのは、主に以下の条件を満たすケースです。
- 私立学校への進学や大学進学:前回の取り決め後に進学が決まり、義務者がその進学を明示または黙示に承諾している場合。あるいは、義務者の明確な承諾がなくても、夫婦双方の収入・学歴・社会的地位・資産状況等に照らして、私立学校等への進学が不合理といえず、義務者に費用を分担させることが相当と認められる場合。
- 高額な医療費・介護費の発生:権利者や子どもが取り決め後に重篤な病気や大怪我を負い、標準的な医療費の枠を大きく超える高額な治療費・入院費や、長期にわたる継続的な医療費が必要となった場合。
婚姻費用の変更を求める際の手続と注意点
実際に婚姻費用の増額や減額を求める場合、まずは当事者間で話し合い(協議)を行います。双方が金額の変更に合意できた場合は、後の言った・言わないのトラブルを防ぐため、変更後の金額や支払時期を明記した合意書や公正証書を作成しておくことが重要です。
当事者間で話し合いがまとまらない場合や、相手方が協議に応じない場合は、家庭裁判所に対して「婚姻費用分担調停(増額または減額)」を申し立てます。調停でも合意に至らなければ、自動的に審判手続へ移行し、裁判官が双方の提出した収入資料や事情変更の有無を審査したうえで結論(審判)を下します。

手続を進めるにあたっては、実務上、以下の2点に十分注意する必要があります。
- 自己判断で一方的に減額・支払停止をしないこと:既に調停調書、審判書、または強制執行認諾文言付きの公正証書が存在する場合、義務者が「収入が減ったから」と自己判断で一方的に支払額を減らしたり止めたりすると、権利者から未払い分として給与や預貯金の差押え(強制執行)を受けるリスクがあります。適法に減額するためには、相手方と話し合って金額変更の合意を得るか、家庭裁判所の調停・審判で変更が認められるのを待つ必要があります(なお、当事者間で変更に合意できた場合は、後日の紛争や強制執行のリスクを防ぐため、証拠保全として合意書等の書面に残しておくことが強く推奨されます)。
- 増減額が認められる時期(始期)は申立時が基準となりやすいこと:調停や審判で増減額が認められる場合、いつから新しい金額が適用されるか(変更の始期)については、実際に収入が減った時や進学した時に遡るのではなく、「相手方に変更を請求した時(内容証明郵便の送達時や調停の申立時)」とされるのが実務上の一般的な運用です。そのため、事情変更が生じた場合は早期に申立て等の手続をとることが重要となります。
なお、手続に必要な戸籍謄本や所得証明書などの行政手続・証明書取得のオンライン化等に関する一般的な行政情報については、以下の公的機関のサイトも参考になります。
